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▼動画ニュース!!中村耕一▼JAYWALK中村被告、せんべいに売人の電話番号★追記

まとめました。ニュース!
中村耕一JAYWALK中村被告、せんべいに売人の電話番号 覚せい剤取締法違反(使用、所持)と麻薬取締法違反(所持)の罪に問われた人気バンド「JAYWALK」のボーカル・中村耕一被告(59)の初公判が28日、東京地裁(藤井敏明裁判官)で行われ、検察側は懲役2年を求刑し即日結審した。中村被告は起訴事実を認め、売人の電話番号をせんべいに書き証拠隠滅を図っていたことなどを明らかにした。内縁関係のタレント・矢野きよ実(48)も情状証人として出廷した。判決は5月12日に言い渡される。



 黒いスーツ姿の中村被告は逮捕前と同じ茶色の長髪でひげを伸ばし、やつれた表情で出廷。ハスキーボイスは聞き取りづらく、終始うつむきながらぼそぼそと被告人質問に答え続けた。



 検察側によると、昨年2月、池袋の路上で外国人から覚せい剤(1袋2万円)を購入した中村被告は、薬物密売人の携帯電話番号を平らなしょうゆせんべいに書き残していた。被告は「メモに残すのは絶対だめと言われ、処分できるよう食べ物に書きました」と話し、警察から職務質問を受けそうになったときは食べて証拠隠滅を図っていたという。



 覚せい剤の使用法は、注射恐怖症のため「水やジュースに溶かしたが、えぐみがあって飲めなかったのでオブラートに包んだ」。幻覚や幻聴はなく効果は思ったほどなかったという。「興味本位で始めたが、ばれるのが怖く部屋にこもるようになった」と明かした。



 また、検察側によると中村被告は1977年、大麻使用で逮捕されていたことも明らかになった。



 証人の矢野は、かぼそい声で、こわばった表情。中村被告からは「外に出られたら一緒に名古屋で生活したい」と言われたという。刑を終えた後は、関東地方の薬物依存専門の病院に入院させ「(退院後は)名古屋で生活しながら、病院に通院しようと話し合っています」。交際15年で最近は2、3か月に1度会う程度だったが、逮捕後は7、8回面会。「一緒に更生していきたい。これからは家族として、離れないでかかわりたい」と入籍する方針を明かすと、中村被告は目頭を押さえた。



 中村被告は、矢野に対して「彼女が10代から築いたものを一瞬で壊し、申し訳なく思う。これからは僕が彼女を守っていこうと思います」と話した。音楽活動については「刑を全うして世間が許して下さって、晴れて戻れると思う」と復帰への意欲を示した。「ファンを裏切り、迷惑をかけ反省している。違法薬物には2度と手を出さない」と述べ、弁護側は刑の執行猶予を求めた。



 冒頭陳述などによると、被告は3月8日、東京・南青山の駐車場に止めた車の中で覚せい剤若干量を飲んだ。翌9日に西麻布の車内で覚せい剤を、練馬区の自宅に別の覚せい剤とコカインをそれぞれ所持したとしている。



 ◆所属事務所社長、まず体治すこと 〇…傍聴した所属事務所の知久悟司社長は「(今後のことは)分からないです。そんなに簡単に(音楽を)やれるものではないし、じっくり考えます」。厳しい表情を浮かべ「まずきちっと体を治さないと。治すのは簡単じゃないので、それ(治療)に今後どう取り組んでいくか」と話した。JAYWALKは1980年に結成し「何も言えなくて…夏」のヒットで紅白歌合戦に出場した。



http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100429-00000035-sph-ent
[ 2010/04/29 14:06 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)
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